菱沼俊哉
横浜市立大学 医学部医学科 5年
ACPに参加したきっかけ
海外留学に向けて、学生の間しかできない特別な経験を積みたい。また、委員という立場を通して今までにない学びの場を創造したい。
米国内科学会(ACP)日本支部学生委員会
- 生成AIと臨床現場の未来 -
国をまたいで臨床医として活躍する野木真将先生に聞く
ハワイアンな野木先生(左)と暗いやん(って言われそう)な筆者(右)
前回の中原さんとのインタビュー時の反省を、明かりを調節したつもりでしたが、そもそもちょうど影になる場所で取っていたため、またも同じ間違えをしてしまった、ACPSCの徳永康太です。私はACPSCの企画として、「医学部生の生成AIの最適な活用方法」をテーマに、生成AIについての理解を深めることを目指し、専門家へのインタビューを企画しています。第2回目のインタビュー相手は、亀田総合病院の総合内科部長とハワイのクイーンズメディカルセンターのアソシエイトメディカルディレクターを兼任されている、野木真将先生です。野木先生はChatGPT実装当初より、生成AIの可能性を見出し、現在も医療における生成AIの使い方に関して、数多く発信されています。野木先生はインタビュー日も急患の患者さんのケアの後で大変お忙しいにも関わらず、緊張して言葉がうまく言えていない私を笑顔で迎え入れてくださりました。
このインタビューでは、現役バリバリの日米の臨床医という、私からは想像もつかないようなチャレンジングなことをしている野木先生に、臨床現場での生成AIの現状と可能性、医学部生の行うべきことについて質問しました。
―――本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、生成AIを使用し始めたきっかけについて教えていただけますか?
野木先生: そうですね、ChatGPTがリリースされる前から自然言語処理については知っていたので興味を持っていました。中にはChatGPTの能力に疑問を持つ人もいましたが、私は生成AIの可能性を当初から認識していたので、すぐに慣れ親しんで活用すべきだと考えていましたね。実装した当初はミスも多く、データも古くあまり参考にならないかなと思いながら使っていましたが、GPT-4がリリースされて最新情報が取り込まれるようになってから、可能性が格段に広がったと感じています。
※自然言語処理---コンピューターサイエンスと人工知能の分野で、人間が日常的に使用する自然言語(例:英語、日本語、スペイン語など)をコンピューターで処理し理解するための技術やアプローチ。ChatGPT は自然言語処理の一種である。
―――先生にとっては、生成AIが最新情報を取り込めることがターニングポイントだと感じているのですね。現在使用可能な生成AIの種類とその特徴についてざっくりと伺ってもいいですか?
野木先生:現在は様々な種類が出てきていますね。ChatGPT、Bing(現在のCopilot)、Perplexityといった対話型だけでなく、文章生成のCohesive、画像生成のDesigner、音声要約のMac Whisperなど、特化型の生成AIも数多く登場しています。レコーディングの文字起こしや議事録作成にはMac Whisperを使っていて、クイーンズメディカルセンターの会議で活用しているんですが、まるでスーパー秘書さんがいるような感じで業務が楽になっていますよ。ただ日本語変換や漢字変換がまだ難しいので、国内で完全導入するのは難しいかもしれません。論文検索型としてはConsensus、Elicit、Connected Papersがありますね。Connected Papersはビジュアル的におすすめで、関連部分をマーカー引きしてくれたりしてわかりやすいんです。どれもオープンアクセスでないと概要しか見られないのが弱点ですけど。
―――今はそれほどまでに広がっているのですね。野木先生は今実際の臨床現場で生成AIをどのように使っていますか?
野木先生:主に朝の回診時に知りたい知識やクリティカルな質問についてBing(現在のCopilot)などのAIを使って調べています。スライドの作成や当直表の作成にも試してみましたが、今のところ自分で作った方が早く効果的ですね。
―――野木先生ですら、まだ使用を限定しているのですね。話は変わりますが、2023年の1月にJAMA pediatrics 掲載された、小児疾患の誤診率が80%超えという論文1)に関してどうお考えですか。
野木先生:参照するリソースが不適切だったからその結果になったのではないかと思います。生成AIは学習した情報から回答を選び出すわけですから、そのリソースが不適切だと不適切な回答になってしまいます。今回はいわゆる"garbage (=ゴミ)"が多く含まれるGPT-3.5を使ったので、そういう結果になったのではないでしょうか。実は「学習させる情報が重要」ということを示す論文2)も出ていまして、信頼できる医療情報を学習させたLLM※の場合、診断率がハーバード医師より20%高かったと報告されているんですよ。それ以来、医療特化型の生成AI開発が盛り上がっていたのですが、その流れを変える可能性のある論文3)がマイクロソフトから出ました。プロンプト※※を上手く操作すれば、医学知識に特化した専門AIよりも正確な回答が得られるという内容で、専門医よりも総合内科医の方が、診断力が高いみたいで面白い結果でしたね。
※LLM(Large Language Models)--- Large Language Models(大規模言語モデル)は、自然言語処理(NLP)の分野で使用される高度な人工知能(AI)モデルの一種です。これらのモデルは、大量のテキストデータを学習して、自然言語の理解と生成能力を持つように設計されている。
※※プロンプト--- コンピューターやプログラムに対してユーザーからの指示や要求を受け付けるためのテキストやコマンドのこと。特に生成AIを使用する際のプロンプトとは、生成AIに対して提供するテキストや指示を指す。
―――それはめちゃめちゃ興味深いです。効果的なプロンプトはそれほどまでに威力を発揮するのですね。野木先生は今後日本の臨床現場における生成AIの使用はどうなるとお考えですか?
野木先生:本格導入にはまだ時間がかかると思います。患者情報の保護やデータの統一性など、課題は多数あります。しかし、もし適切に導入できれば、間違いなく医療の質が向上すると考えています。例えば事故の予防や監視、インシデントへのフィードバックなどを生成AIが行えば、質の改善につながるでしょう。カルテの必要情報抽出や各種書類作成なども生成AIに任せられれば、医師の負担を大幅に軽減できますし、働き方改革にもなります。
―――最後に生成AIが臨床現場で活用されるであろう今後、医師に必要なスキルは何ですか?
野木先生:1つ目はコミュニケーション能力が挙げられます。問診時に患者さんの発言が医学的に正確かどうかわからない場合、生成AIが得た情報を医師が再度確認する必要があります。2つ目は、生成AI使用に関してのプロンプト作成能力が重要かと思います。具体的な質問ほどよい回答が得られやすいですからね。3つ目はこれまでと変わらず、好奇心や想像力も大切でしょう。私たちは生成AIを活用する側であり、常に疑問を持ち、現状を改善していく姿勢が求められます。
―――最後に医学部の学習と生成AIについて伺います。医学部生にとって、生成AIの効果的な使い方についてのアドバイスはありますか?
野木先生:試験勉強には生成AIを使うといいと思いますよ。生成AIで概要を把握し、足りない部分を教科書やレジメで補うと効率よく学べます。研究したい人は類似論文の検索にも使えますし、ポリクリ中に聞きたいことをAIで検索するのもいいでしょう。大学の先生は忙しいので聞けないことも多いはずです。そういう時にAIで調べておくと役立つはずです。
―――医学部生が今すぐに始めるべきことは何ですか?
野木先生:まずは生成AIに慣れること、そしてプロンプトは英語で入れることをおすすめします。将来的にはiPhoneのように当たり前に使われる時代が来ると思うので、今のうちに馴染んでおくといいですよ。特に医療分野は英語の情報が圧倒的に多いので、英語を使わないのはもったいないと思います。
―――今まで安直に適当なプロンプトを日本語で作成していた私にとっては耳が痛い話ですが、今日から頑張ります。今日はありがとうございました。
引用文献
1)Barile J, Margolis A, Cason G, et al. Diagnostic Accuracy of a Large Language Model in Pediatric Case Studies. JAMA Pediatr. Published online January 02, 2024.
2) Daniel McDuff, Mike Schaekermann, et al. Towards Accurate Differential Diagnosis with Large Language Models. arXiv:2312.00164. Submitted on 30 Nov 2023
3) Harsha Nori, et al. Can Generalist Foundation Models Outcompete Special-Purpose Tuning? Case Study in Medicine. arXiv:2311.16452. Submitted on 28 Nov 2023
感想:
今回のインタビューでは、野木先生から生成AIと医療の未来について貴重なお話を伺いました。お忙しいにも関わらず、常に好奇心を持ち様々なことに挑戦し、熱く語っている野木先生がとても素敵で終始印象的でした。実装当初のChatGPT に対する考え方含め、周りの意見に流されず、とりあえず手にとって触ってみて、使える部分は使っていくという、自分で考えて行動することの大切さを学びました。何よりも、野木先生のような好奇心に溢れたスケールの大きな医師を目指そうと考え直す契機となりました。お忙しい中、本インタビューにご協力いただきありがとうございました。
文責: ACPSC 徳永康太